Giveseedストーリー 3人の出会い

当時、大塚は倉吉市内のホテルでカメラマンとして働いていた。

ある日、新しくブライダルメンバーがやってきた。その女性はプライドの高さそうなツンとした人で、ヒールをカツカツと鳴らしながらやってきた。なんだ?このオーラは・・それがミッキーこと石賀だった。

館内を一緒に見て回っている間、沢山ウェディングについて語り合った。

その短時間の間にも彼女からはどんどんアイデアが出てくる。面白い人がやってきたなあと思ったのもつかの間。

大塚の撮影した写真が飾ってある一角に案内した時、石賀の表情が変わった。

 

石賀:「大塚さん。この写真見て何も思われないんですか?」

大塚:「ん?どした?」

 

石賀:「大塚さんはご自身が撮られた写真に誇りを持たないんですか?」

おいおい。なんだこの攻撃態勢は・・。(あえてこの表現にします笑)

 

そこに飾られていた写真は窓際にあり、日差しのせいで変色し反り曲がっている状態。

石賀には写っている人物さえも色褪せて見えたのだ。

 

「大塚さんはご自身が撮られた写真に誇りを持たないんですか?これ、色褪せてますよ?反り曲がってますよ?

 こんなに素敵な写真なのに何でもっと丁寧に扱わないんですか?写っている人が可哀想!

 魅せたい写真ならこんな飾り方は良くない!ちゃんとフレームに入れて丁寧に飾って下さい!」

(だいぶ柔らしく書いてますが、実際は・・・)

 

石賀をよく知ってる人はきっと読みながら想像つく事だろう・・

マシンガンのように石賀は言いたい放題。(あえての表現です)

 

大塚はびっくりした。こんなにストレートに思った事を言ってくる人は久々だった。

石賀はずっとFBで大塚の写真を見ていた。そして感動し、こんなカメラマンさんに自分の担当する婚礼を撮影して

欲しいなあと思っていたらしい。いわゆる憧れでもあった大塚の写真。その写真を実際に初めて見た瞬間に、悔しさが込み上げてきたと言う。大塚の中で何かのスイッチを押されたような感覚になった。

 

この出来事がきっかけとなり、気がつけば、何でも言い合える信頼関係が生まれ、同じ志でさらにお客様へ一生懸命になっていた。

 

そして、色褪せていた写真たちは撤去され、額装された写真たちが新たな想いと共に並べられた。

 

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Giveseedストーリー 石賀美紀子 その2

色んな職業を経験してきたおかげでいつしか自分に自信が持てる様になっていました。

そんな中、淡々と過ぎ去る日々に物足らなさを感じ始め、また転職を考え始めた時、ふと目にした求人広告にウェディングプランナー募集があったのです。楽しそう!私向いてる気がする!と根拠のない自信と共に向かった面接。

そこで私はあろう事か「私を雇っても後悔しません!必ず御社の顔になります!」と大口を叩いたのです・・

今思うとよく言ったなと立ちくらみがします(笑)

そんな私に興味を持って頂き、即採用。晴れてウェディングプランナーになりました。

始めてみると、本当に楽しく充実した毎日で、やり甲斐を大いに感じる毎日でした。

お客様のために一生懸命になれる自分が本当に好きになりました。

色んな知識も学び、沢山のお客様やそのご家族と出会い、人の人生を任される仕事に誇りを持つようになりました。すると「石賀さん、天職ですね!」と言って下さる方が増えさらにやり甲斐を感じる日々を送らせて頂きました。

年月は過ぎ、大口を叩いたじゃじゃ馬娘も人の上に立つ立場を任される様になりました。

ですが、人を育てる=現場で担当が持てなくなるという現実に、浅はかだった私は納得ができず、まだ現場でやりたい!やれないなら意味ない!と次のステップへの道を自ら止めてしまったのです。

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Giveseedストーリー 石賀美紀子 その1

私は19歳で結婚し母となりました。

そこから2年後には二人目も産まれ、娘が3歳になるまでは育児に奮闘しておりました。娘が保育園に通い始めるのと同時に私も就職。ヤクルトレディとして民家を訪問し人とのコミニュケーションを学びました。その数年後、私は人生のどん底に落ちました。離婚です。経済的に二人の子供を養う力がなかった私は子供たちと離れて暮らす事に。最愛の子供たちとの別れは本当に辛く、人に会うのが怖くて、家族連れの姿を見るのが辛くて、自分を責めてばかりいたのです。「このままじゃいけない。いつかあの子たちにあった時にこの人がお母さんで良かったと思ってもらえる自分になろう」そう思えた時は既に数年が経っていました。そこから少しずつ人に会い始め、もともと好きだった接客業を転々とします。呉服店、宝石店、歯科助手、葬儀社、ディーラー受付。色んな職業を経験しました。

その経験が後に天職だと思えるウェディングプラナーへと結び

ついたのです。

 

 

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Giveseedストーリー 小島孝仁 その2

僕は島根の結婚式場でカメラマンとして働いていた。

その時にお世話になっていた業者さんから一人のカメラマンの事をよく聞かされていた。熱い人がいる。是非一度紹介したいと。

その人の写真はサンプルアルバムにも起用されていて、いつも見るのが楽しみだった。いつか会いたい・・そう思っていた矢先、その人がウェディングフォトで受賞したと聞き授賞式が行われる東京へ会いに行った。

正直、初めて会った時は衝撃だった。お客様との関わり方は僕の想像を超えた熱意の塊だったのだ。何だ、この人は・・その日色んな事を語り合った。そんな出会いからしばらくたったある日、その人から前撮りの同行をしてみないか?と声をかけて頂いた。断る理由もなく喜んで同行させてもらったのだが、そこでまた衝撃を受ける。その撮影には美容師、フローリストまでも同行し素晴らしいチームワークがあった。僕もこんな風に撮影したいと強く感じた。カメラマンとしてだけでなく、その人の持つ人間力に魅力を感じいつしか憧れの人となって行った。

僕もいつかあんな風に人を喜ばせ、感動させられる人間になりたい。

 

その人こそ、大塚健一朗だったのだ。

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